2011年5月 7日

2011年5月10日から飲めるグラスワイン"Frederic Magnien"

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モレサンドニ村の珍しい白ワイングラスで飲めますよ。このワインは
DRC、ルロワ、ラフォンと同じ新樽にこだわる奇才!! フレデリック・マニャン002.jpg

その葡萄にかける情熱と経験、感性から作られるエレガントで力強いワインは、世界の
メディアから注目され、パーカー、ベタン、ギ・ド・アシェット、デキャンター、ワインスペクテイター、
ゴー・エ・ミヨ、ガイド・フリュルュス等、世界中で絶賛されている。

ブルゴーニュワインとしては珍しいパープル・カラーのキャップシール。そこには「フレデリック・マニヤン」とサインがある。ドメーヌの新世代が興したネゴシアンワインの中でも、その外装のモダンさはひと際目を引く。それで、造り手は、異端児のブルギニヨンなのだろう、と想像した。しかし、中身のワインを味わえば、過剰な濃縮やアグレッシヴさは感じられず、香りも昧わいも、清らかでピュア、淡麗。ハーモニーがあり、長く脳裏にとどまる味わいを持つ。「紫色が大好きでね。それに、識別が明解でしょう?」と少し照れながら答えたフレデリック・マニヤンは予想に反して、落ち着いた物腰の、今年37歳になる青年だった。
フレデリック・マニャン003.jpg
フレデリック・マニャンは1969年モレ・サン・ドニ村のドメーヌ・ミシェル・マニャンの5代目として生まれた。 17歳から畑やカーヴで父の手伝いをしながら、ボーヌにある醸造学校でワインを学んだという。 このころには、シャサーヌ・モンラッシェを代表する造り手の一人「シャサーヌの手本」とも呼ばれる、ドメーヌ・ジャン・ノエル・ガニャールでも働き、ブルゴーニュワイン造りの基本を学んだ。 更にブルゴーニュだけに拘らずカリフォルニアのカレラ、オーストラリアのバンノックバーンなどにも醸造研修に出かけている。 そして1993年、実家に戻り、父ミッシェルのドメーヌを任されるようになり、それまで収穫した葡萄の大半を協同組合に持ち込んでいたのを止め、元詰めに専念するようになった。 1995年には自分の理想のワインを造るため、自身の名前を冠したネゴシャンワインの生産に乗り出すこととなった。

フレデリック・マニヤンのワインは「ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティと同じ、特別仕様の樽を使用する」という記述を見かけることがある。実際はどうなのだろうか。

「1995年から2年間、いろいろな樽屋のものを使ってみた。この時、フランソワ・フレールの樽が一番よいと感じた。1998年にはフランソワ・フレール社製のDRCの使用樽を購入して使用し、気に入った。それで、フランソワ・フレールに「樽板をDRCと同じ条件で天日干しを行い、作った樽を売って欲しい」と頼んだ。天日干しを3年間行った樽材の樽を必要なだけの量、供給できる樽屋は唯一、フランソワ・フレールだけだ」と言う。

 だが、DRCと同じ樽ということだけに目線が行ったら、フレデリックが言いたい本質を聞き逃すだろう。

「重要なのは、オート・コート・ド・ニュイのようなレジオナル(地方)からグラン・クリュまで、私のワインは醸造、そして使用するフランソワ・フレールの新樽や使用樽の割合、樽熟成期間までがほとんど同じ、ということだ。だからこそ、それぞれのテロフールの違いを明確にワインに表現させることができる。自分のテクニックをテロワールに合わせて変えることはしないんだ」と話す。

ヴィノテーク 2006年9月号 新しいブルゴーニュワインより抜粋

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